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第32軍司令部壕
ダイ32グンシレイブゴウ

とじる

園比屋武御嶽の後方ハンタン山の緑地の中に、崩れたコンクリートの建造物が散在しています。
このあたりは、昭和20年の太平洋戦争で日本陸軍の沖縄守備軍(第32軍)司令部があったところです。
1944年 日本軍はこのハンタン山から首里城の地下一帯に防空壕を掘り、司令部をおきました。
これらコンクリートの壁は壕の入口を守るトーチカの跡です。
軍司令部が首里城の地下にあったことから、首里城は米軍の空爆砲撃によって壊滅状態になりました。
1945年 日本軍は宜野湾・浦添方面での戦いに敗れたあと、この壕を捨て首里を撤退し、南風原・糸満の摩文仁へと敗走して行くのです。

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