とじる
金武按司家の墓は「本覚山(ほんかくざん)」とも呼ばれ、1628年に死去した尚豊王の生母の墓として、岩盤を掘って造営されました。墓域内には「本覚山碑文」が建てられており、碑文によると、尚豊王は短期間で墓を造り、葬礼には王国の僧俗が参加したほか、中国の使節も供物や祭文を贈ったと墓の由来が記されていました。隣りには、「山川の玉陵」と呼ばれた王家の墓「山川陵」があります。
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