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識名の遺念火 (しきなのいねんび)

昔、識名(シキナ)にとても仲の良い若い夫婦がいた。
妻は、毎日豆腐を作って首里の市場に売りに行っていた。
妻が夕方になっても帰らないと夫は、
「今日は、豆腐が売れなかったのかな」
と言いながら松明をともし、妻を迎えに行った。
道の途中で妻に会うと夫は、
「豆腐が売れ残っても、明るいうちに帰って来い」
と、怒ったように言った。妻は、
「はい、はい」
と嬉しそうに答えた。
夫の迎えを楽しみにしていたのである。
ふたりは、仲良く並んで識名坂を登り、家へ向かった。
夫は、働き者で美しい妻を愛しく思い、とても大事にしていた。
ある日、妻は、夕方になってやっと豆腐が全部売れたので、夫の迎えを楽しみに家に向かって歩き出した。
ところが、いつもの所に来ても夫の松明の火が見えないので、
「どうしたのかな、用事でもできたのかな」
と、思いながら足早に歩いていた。
その時、道の途中、男とすれ違った。
男は、いつも夕暮れに首里から識名に向かって歩いて行く、この美しい妻に目を付けていた。

スクロール

「今日は、ひとりだな」
そういうと、男は妻に襲いかかった。
しばらくして我に返った妻は、男の力に負け身を守れなかったことを嘆き、慄き、金城橋から身を投げた。
義理堅く、夫をとても愛していたので、そうするしかなかった。
「身投げだぞー、女が川に飛び込んだぞ」
人々が騒いでいる所に、松明を持った夫が来た。
そして、ことの有様を聞き、川に飛び込んで死んだのは、愛しい妻だと知った。
「いつもどおりに、自分が来ていれば」
夫は嘆き、川を覗き泣いた。
そして、人々が、止める間もなく川に飛び込んで死んでしまったそうだ。
それ以来、識名坂では夜になると、ふたつの遺念火(火の玉)が並んで出るようになったらしい。
遠くから見ると、ふたりが松明を持って仲良く歩いているように見えるらしいよ。
これが識名の遺念火の話です。



監修:NPO沖縄伝承話資料センター

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