本部の民家

最古の穴屋(あなや)【アナヤー】形式を伝える民家

この建物のモデルとなった民家は、昭和初期に建てられたものですが、最も古い年代の穴屋(あなや)【アナヤー】形式を伝えていました。海洋博覧会(かいようはくらんかい)前、冬には北風をまともに受ける石灰岩層(せっかいがんそう)の台地の上にあったにもかかわらず、半世紀(はんせいき)の間、民家として生き続けていました。
建物は主屋と台所の二棟(とう)からなり、四隅(すみ)の柱は海岸から産出されるサンゴ石灰岩(せっかいがん)を使用しています。(ゆか)は低く(当時は板床(いたどこ))、屋根は小丸太組の茅葺(かやぶき)です。(かべ)二棟(にとう)とも二重のチニブ(かべ)竹壁(たけかべ))に(かや)をつめたもので、台所のかまど周りの(かべ)はサンゴ石灰岩(せっかいがん)野面(のづら)積みで目地には土がつめてあります。
沖縄では、昔から屋敷(やしき)内に家庭菜園【アタイグヮー】を作り、簡単(かんたん)にできる野菜などを植えていました。ゴーヤー、ニガナ(ホソバワダン)【ンジャナ】、キダイコン(島人参(しまにんじん))【チデークニー】など、数々の伝統的(でんとうてき)な島野菜は、庭先の菜園から四季を通じて収穫(しゅうかく)することができ、(つね)食卓(しょくたく)にのぼる健康と長寿(ちょうじゅ)(みなもと)です。