弁財天堂・円鑑池

円鑑池と弁財天堂

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円鑑池は、首里城の北の城壁のすぐ外側に位置する、石垣で囲まれたため池です。1502年に作られたこの池は、首里城の淡水源から重力によって水を集めて、その下の龍潭に水を運ぶためのシステムの一部となっています。円鑑池は、隣の円覚寺を含む仏教建築群の一部となりました。

弁財天堂

円鑑池の片側に作られた小さな島に、弁財天堂という小さな仏教寺院のお堂があります。当初は15世中頃に朝鮮半島の王から送られた重要な仏教の経典を安置するために建設されました。オリジナルの建造物と経典は、1609年に九州の薩摩藩による侵攻を受けて失われました。1621年に再建されると、それまで近くの円覚寺に安置されていた守り神の女神である弁財天の小さな像が移されて本尊となりました。この像は、1685年に薩摩から送られたものに取り替えられました。塗料を塗っていない木材で作られ、装飾も施されていないこの簡素なお堂は、極めて幾何学的な設計で、周囲の環境にも調和します。これは、琉球の建築の顕著な特徴です。

天女橋

弁財天堂が立つ島は、(元々は観蓮橋と呼ばれていた)天女橋という琉球の石灰岩で作られたピクチャレスクな高いアーチを描く石橋で、池のすぐそばの岸とつながっています。中国南部に見られる橋の設計に基づいて作られた天女橋には、ハスの花や木造の橋に似せた細かい装飾など、精緻な彫刻が施された手すりがあります。これは、中国と琉球諸島の文化や美意識の重要な交流を伝える、首里のいくつかのモニュメント的建造物の1つです。もう1つ、天女橋と同じ頃にかけられた龍淵橋というアーチ型の橋が、円鑑池と龍潭の間の石垣に作られた排水路にかけられています。弁財天堂は1945年の沖縄戦で破壊されましたが、天女橋はそれほどの被害を受けませんでした。どちらも1969年に復元されました。

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