首里城2026年マチカンティー

首里城と妖怪 ─ (前編)


「首里城でもうすぐ雨が降る…」とスマートフォンが発達した今では、首里城近くの天気を知ることができます。私も当たり前のようにチェックしています。平成の首里城が復元された時には考えられなかった技術です。それでも世の中には、科学の知識では説明ができない、不可解な出来事があります。ましてや、琉球の時代までさかのぼると…。

二階御差床の渡り廊下角川学芸出版『琉球国由来記』編著外間守善 波照間永吉
角川学芸出版『琉球国由来記』編著外間守善 波照間永吉

『琉球国由来記』(1713年)には、「王城之公事」という項目があり、首里城を中心に王府で行われた、年中行事が記されています。首里城公園のイベントのなかにはこれらになぞらえて一部を再現したものがあります。例えば、お正月の「朝拝御規式(ちょうはいおきしき)」、女性祭司による「百人御物参(ももそおものまいり)」などがそうです。これら、王府のイベントを「公事(クージ)」といいます。公事の中で8月の行事に「芝指」「赤飯丘登」という項目があります。現在の沖縄県内でも、それぞれ民間で「シバサシ」「カシチー」として息づいている、おなじみの行事です。沖縄では、八月十五夜に近づくと、妖怪が跋扈するといわれる時期に入ると信じられていました。そこで、各家庭でススキと桑の小枝から作った“ゲーン”と呼ばれるものを作り、家屋の四隅、門や井戸などに挿しておきます。枝先をくるりと巻いた簡単にできるものですが、これが魔よけの役割をします。下の写真は、旧暦の八月、シバサシの期間に民家で見つけた実際のゲーンです。沖縄でマジムンといわれる妖怪が、家に入らないような、セキュリティグッズということですね。

ゲーン
ゲーン

旧暦8月8日頃にはじまり、地域によって変わりますが、だいたい八月十五夜(旧暦8月15日)まで続きます。そしてその期間のいずれかの夜は、小豆入りの赤飯を炊いて食べます。カシチーという名称は、甑(こしき)から来ていると考えられていて、いわゆる“おこわ”、強飯(コワメシ)のことです。ここで疑問。お赤飯とはお祝いの時に食べるものではないだろうか?…と。伝承によると、赤は血液につながり、マジムンが苦手な色とされるようです。地域によっては、ゲーンにブタや牛の血を付けていたことも伝わります。もちろん、おめでたい時にもお赤飯は炊きますが、時期のお赤飯は意味が異なるわけです
説明が長くなりました。これと同じことを、首里城でも国家行事「公事」として毎年やっていたのです。『琉球国由来記』の「芝指」=「シバサシ」であり、「赤飯丘登」=「カシチー」です…アレ?もう一つ気になるのは「赤飯丘登」。この「丘登」とはなんでしょうか。これは高い所に登るということ。首里城には東西に「アザナ」とよばれる物見台があります。このうち、島添アザナ、現在西のアザナと呼ばれている場所に役人が夜を通して、見張るのです。

ゲーン
西のアザナからの景色

何から見張るって、もちろんマジムンから。このようなことを国家行事としてまじめにやっているわけです…ということは、やはり出たのでしょうね~当時は…。さて、西のアザナ、現在は景色がきれいな場所です。沖縄島の南部から那覇空港、広く横たわる東シナ海。晴れた日には慶良間諸島と水平線が美しいパノラマ風景です。しかし、見張りは夜。当時は真っ暗で、おっかないお勤めだったことでしょう。今なら、ここからの夜景も素敵なのですが。コロナ禍前までは、夏季は夜の首里城も楽しめました。2023年2月現在は、18時00分まで(有料区域は17時30分まで)。夜の首里城見学が復活すれば、是非行ってみてください。かつては、ここから鐘を使って、城内外への時報もおこなっていた場所です。響き渡る金の音と風景。いにしえの都へ思いを馳せます。あ、そうそう、王国時代の「芝指」「赤飯丘登」の期間は、夜半の時報はおろか、物音も慎んでいたと『琉球国由来記』にはあります。

「奉神門」
「右掖門」
「美福門」

見張りが「登る」場所は他にもあります。首里城内の奉神門、右掖門、美福門に登って城内にマジムンが侵入していないか見張るのです。ここは今も見学できます。往時の役人気分になって、眺めていると妄想がひろがります。それにしても、国家行事として毎年やっていたところがすごいです。今では迷信とされるようなことを、国を挙げて信じていたことが興味深いです。これらの行事を行うのは、時之大屋子という国家公務員でした。そうそう、彼らは首里城に挿すゲーンを用意するお勤めもありました。これがまた興味深い摩訶不思議なお話として『琉球国由来記』に載っていました。この続きは後編で。

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