
ホーム > 首里城公園 刊行物 > 首里城基金デジタルミュージアム > 展示会資料集 > 琉球王国のもよう~花鳥風月の楽しみ~
琉球王国時代の人々は、温帯地域を中心に植生している菊や椿などの花々や、尾長鳥・鶺鴒(せきれい)などの日本的な鳥の図案、孔雀や牡丹などの外国から入ってきた図案や、鳳凰のような架空の生物の図案、中国的な風景を描いた山水図などの「もよう」を好んで使いました。亜熱帯地方の琉球にはいない、諸外国の花々や鳥、自然の風景に憧れを抱いたのかもしれません。
琉球王国時代に製作された漆器・染織・陶器・絵画・書跡などの工芸品の中から、往時の琉球人が愛した花鳥風月の「もよう」を紹介いたします。
花と鳥を組み合わせ共に描かれた図案のことを花鳥図といいます。古くから鳥をモチーフにした工芸品は数多く作られており、鶏や尾長鳥、燕、鶺鴒、雀、孔雀、鴛鴦、伝説上の鳥である鳳凰など様々な鳥が用いられています。国王の執務室であった御書院に収蔵された工芸品目録の『御書院御物帳』には、御書院に花鳥図があったことが記されています。琉球では、絵画のほか漆器や紅型、陶器など多くの工芸品に描かれています。









椿は、生命力の強さから長寿をあらわすおめでたい模様として親しまれてきました。日本原産の常緑樹で、原種としてヤブツバキがありますが、分布は、青森県夏泊半島から南西諸島まで広い範囲に生息しています。春を告げる聖なる木として、また、その生き生きとした姿から子孫繁栄や厄除けの象徴として好まれました。琉球王国でも、吉祥紋として描かれる椿の花模様は、かなり古い時代からデザインが琉球に伝わり、球漆器や絵画などの多くの美術工芸品に描かれてきました。



鳳凰は、太平の治世に現れ「平和の象徴」とされてきた架空の鳥です。古代中国では、麒麟、龍、霊亀と共に四霊として崇められてきました。鳳を雄、凰が雌を指し鳳凰と読むことから雌雄二羽で描かれ夫婦和合のシンボルともされてきました。中国では、龍は皇帝、鳳凰は皇后を象徴としていますが、古琉球期(1609年以前)の琉球では、日輪(太陽)と共に描かれ、国王を象徴する「もよう」でした。そのため、王家が使用する祭祀道具の漆器を中心に紅型衣裳など多くの工芸品の模様として用いられました。





牡丹は、富貴の象徴とされ中国や朝鮮、日本でも様々な工芸品の意匠として用いられてきました。また、その花の美しさから花の王様「百花王」とも言われています。琉球でも牡丹の模様は好まれ、漆器や金工品等の祭祀道具や、紅型や絵画など多くの工芸品にも描かれています。首里城においては、唐破風と呼ばれる正殿の正面にも牡丹が描かれています。







菊は、中国から伝えられたとされており、白や黄、桃、紅色など品種が多い花です。放射状に広がる形や花の美しさから縁起のいいものとされてきました。かつては長生きの薬(漢方薬)として用いられ、不老不死、無病息災に効くとされ、盃に菊花を浮かべた菊酒を飲むと長生きするなどといわれていました。往時、琉球では、漆器や陶器、紅型衣裳などのもようとして用いられました。また、菊の花の形そのものを模した漆器なども製作されました。


工芸品に描かれる模様には、自然の風景を表現したものもあり、その代表的な模様に山水図があります。中国絵画の世界で発達した山水図の図案は、朝鮮・日本・琉球にも伝わり工芸品の図案としても使われました。当時、文化の先進地域であった中国で流行した図案(唐物趣味)を取り入れたのです。山水図の図案を施した工芸品は、唐物を珍重した日本国内への献上品や輸出品に使われました。






