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琉球王国時代、首里城には政治を行う行政機関「首里王府」が置かれ、正殿前の御庭など城内では様々な儀式や祭祀が執り行われました。同時に国王とその家族が居住する王宮でもありました。さらに首里城を中心に芸能や美術工芸品も生まれ、中国や日本など諸外国との長い交流の中で独自の文化が育まれました。今回は、王国時代の優れた絵画や漆器、染織品など王家に縁のある工芸品の品々を紹介いたします。今に受け継ぐ琉球のお宝の数々をご覧ください。
※作品保護の観点から、展示期間中、一部展示替えを行っております。













御後絵とは、琉球国王が亡くなった後に描かれた肖像画です。
故鎌倉芳太郎氏(沖縄文化研究の第一人者)が戦前に撮影したモノクローム写真によって、第二尚氏の尚円・尚真・尚元・尚寧・尚豊・尚貞・尚敬・尚穆・尚灝・尚育の10人の御後絵が確認されています。戦前に御後絵を直接見た人たちが記した文献や証言では、紙本彩色や極彩色に彩られていたといわれています。しかし、御後絵は沖縄戦の戦禍に巻き込まれ、現存はこれまでに確認されておらず、鎌倉芳太郎氏が中城御殿にて撮影したモノクロ写真のなかにその姿が収められています。
琉球王国時代は、首里城の北側の円覚寺(琉球国王の菩提寺)に御後絵はありました。もとは円覚寺仏殿の壁面に描かれていましたが、円覚寺がたびたび火災にあったため、1717年に王府絵師の山口宗季によりすべての御後絵が掛かけ軸じくに改装されました。また、控えとして大小の御後絵が製作されました。
琉球国王は、国王の即位式の冊封儀式や正月儀式等、国の重要な儀式や公式行事の際に正装として唐衣裳を着用しました。唐衣裳は、皮弁服とも呼ばれ、清の皇帝から琉球国王へ御蟒緞という絹織物が下賜され、琉球で衣裳に仕立てられたものでした。その布地には、清の皇帝の象徴として皇帝のみに使用された五爪の龍(蟒)の文様のほか、五色の雲や蝙蝠、八宝、寿山福海の吉祥文様が施されています。琉球国王が亡くなった後に描かれた肖像画「御後絵」には、唐衣裳を着用した国王の様子が描かれています。唐衣裳の実物は、玉冠や帯、靴などの関連衣裳一式とともに国宝琉球国王尚家関係資料として那覇市歴史博物館に所蔵されています。
「国宝資料」を元にイベント用に復元された国王衣装



