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―首里城正殿の復元事業に携わることになった経緯を教えてください。
もともと沖縄県立芸術大学で彫刻を学んでいて、卒業後は予備校で非常勤講師をしたり、大学や高校で彫刻を教えたりしていました。でも、もうちょっと直接的に「ものを作る」ことをやりたいなと感じていたのと、せっかく県立芸大で勉強したのでなにか沖縄に貢献できることはないかなと思っていたんです。
そんな時に、首里城の平成の復元の時に大きく関わっていた西村 貞雄先生という彫刻の先生とたまたまお会いする機会があり、今回の工事で人手が足りないところがあるのでやってみないかと声をかけていただきました。

最初は、平成の復元に木彫刻(もくちょうこく)で関わっていた儀保 克幸さんの元で、御差床(うさすか)※1の龍柱の石膏原型の製作をお手伝いさせていただきました。御差床の龍柱に関しては昔の資料がほとんど残っておらず、平成の復元時の資料はあったものの今回高さなどいろいろ変更された部分があったので、他の場所にある龍柱を参考にしながら図案を起こし石膏原型を作っていった感じです。その後、鬼瓦※2と獅子柱※3の石膏原型も製作しました。
※1 御差床:首里城正殿二階の中央部にある国王の玉座
※2 鬼瓦:正殿屋根に配置される装飾瓦(参考記事:#13 新垣 優人さん)
※3 獅子柱:正殿の正面階段の欄干の部材(参考記事:#15 照屋 壮馬さん)
その石膏原型の3Dスキャンを撮影するために琉幸建設の担当者が来られた際に次の仕事先について聞いてくださって。もう、目の前の復元の作業に一生懸命すぎて、この仕事が終わった後どうするか全然考えていなかったので、無職です!と答えて(笑)じゃあ、ウチでやってみますか?と誘っていただき現在に至ります。
獅子柱の石膏原型
―石膏原型づくりから始めて、実際の彫刻にも携わることになったのですね。
彫刻に使う素材は粘土・木・石・鉄といろいろあるんですけど、私はずっと粘土を使った型取りを勉強してきたので、石に関しては基本を数回学んだ程度でした。ここ(琉幸建設)にあるような大きな機械も使ったことがなく、ぜんぶ手彫りでトントンとやるような感じでした。
粘土って取ったり付けたりできるので失敗というのがないんですよね。試行錯誤する頭と手がリンクして考えながら作っていく感覚だったんですけど、石は一度取ってしまったらもう付けられないので考え方からして全く違っていました。
それまで自分が持っていたノウハウがまったく通用しないというところから始めたので、最初はかなりビクビクしながら石を彫っていましたね。毎日、帰りの車で「今日はどうにか無事に終わった、失敗しなかった」と胸を撫で下ろしていました。
失敗したら取り返しがつかないというのが怖かったので、粘土の感覚のままだったら私は絶対にやらかすぞ!と毎日自分自身を戒めながら、最初の頃は仕事をしていましたね。

―首里城の火災が発生した時は、どのように感じたでしょうか?
私は本島南部出身で、普段から首里城を意識して暮らしているわけではなかったので、そんなに思い入れはないと思っていたんですけど、火災のあと、ちょっと自分でもびっくりするぐらいの喪失感があったんです。そこで、ああ、私は沖縄の人間なんだなぁと気付かされました。
自分の中で首里城の存在がこんなに大きかったんだなっていうことを初めて意識したというか、首里城に対してアイデンティティみたいなものを少しでも置いていたんだなというのをすごく感じたんです。
どうにかしてこの大きな喪失感を埋めないといけないけど、いま自分ができることって何があるんだろうと考えて、当時はスーパーやホームセンターなどあちこちに募金箱が置かれていたので、行く先々でしょっちゅう募金をしていました。
大龍柱の前に製作を担当していた小龍柱
―現在、担当されている作業を教えてください。
現在は、正殿正面にある階段の根元に立つ「大龍柱」の阿形の下部分を担当していて、ウロコなどの細かい部分を掘っているところです。大龍柱は3メートルを超える大きさなので、左右の「阿形」と「吽形」をそれぞれ上下、全部で4つのパーツに分けて4人で手分けして作業を行っています。
大龍柱の前は小龍柱を作っていたので、やっぱり小龍柱と比べてウロコのひとつひとつが大きいし、ボリューム感がすごいなぁと感じます。

―作業をする上で難しいと感じるのは、どういったところでしょうか?
全体的に難しいんですが、やはりベースの形を作る作業がいちばん難しいです。ベースがちょっとでも歪んでたりデコボコが大きすぎたりすると、龍の毛の部分のような細い線がまっすぐ入れられないんです。
細かく彫り込んでいく部分が難しいんじゃないかとよく言われるんですけど、実はベースがしっかりしてさえいれば、細かい線はそんなに難しくないんです。手が震えてしまわないように自分自身で押さえながらですけどね(笑)

―彫刻の仕事を行う上で、心掛けていることはありますか?
これまでは個人の作品を彫刻で作ってきましたが、今回は首里城正殿の復元という一大プロジェクトで石の職人さんと一緒にお仕事をさせていただいています。その中で驚いたのが、本当にみなさんの仕事が早くて正確だということです。
設計図から形を正確に写して、それをスピーディーに、休まずに、着実に完成に近づけていく。そういった「職人の力」みたいなものを目の当たりにして、すごく力強いなと圧倒されました。
石を扱っているからか、みなさんすごくストイックで、毎日全力疾走!みたいな感じでお仕事をされているんですよね。もちろん私自身、彫刻家として大事にしている部分もあるんですが、それよりもこの環境で新たに得るものがとても大きいと日々感じているところです。
ゴールに向かって突き進んでいく力強さだったり、職人ならではの効率的な仕事のやり方だったりを目の前で見られるありがたい環境なので、それを自分自身にも取り入れて彫刻に反映していけたらと思います。

―やりがいや楽しいところはどういったところでしょうか?
やはり、完成したときがいちばん嬉しいですし、やりがいを感じます。
毎日少しずつ作業を進めていくなかで、彫りすぎたらどうしよう、欠けたらどうしようと心配しながら細心の注意を払って彫っているので、完成に近づくほど「今日も欠けずに彫れたな」「この部分ちゃんと細かく作れたな」と達成感を感じることも増えてきました。
彫刻はやったことがちゃんと目の前に形として現れるので、それがこの仕事の面白さでもあります。
―最後に、復元される首里城に対する思いをお聞かせいただけますか?
自分ができることをやるだけではなくて、ここで一緒に働いている方たちの仕事だったり姿勢だったりを自分自身にも取り入れて、自分を高め続けていきたいと思います。
本当にたくさんの技術や想いを持った方たちが今回の復興事業に携わっているので、そこに自分も追いつけるようにレベルアップしていき、みんなの頑張りに見合うような製作ができたらなと思っています。

取材日:2025年12月9日
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